首都大学東京とはなんだったのか――「改革」の検証を学生の視点から

小池百合子率いる都民ファーストの会が「首都大学東京」を都民に親しみやすい名称に変更することを検討しているそうだ。

東京都立大学に戻すのか、都民ファースト大学東京になるのか知らないけど、一首長の気まぐれでころころと名称変更させられる公立大学の危うさを再び思い起こさせる話だ。
昨今、地方私立の公立化などで地方の公立大学の存在感が高まっていると対照的に、
大阪府立大学大阪市立大学横浜市立大学といった大都市の伝統ある公立大学ポピュリズム地方政治の影響もあり激動が続いている。

かく言う私も首都大学東京に2006年4月から2012年3月まで在学した(引き算してはいけない)、れっきとした首都大学東京OBである。
首都大*1は2005年に開学したので、首都大2期生ということになる。
首都大は改名したのではなく、新規に開学したという建前なので、自分が入った時は3年生以上は都立大生というまさに移行期だった*2

インターネットで都立大改革で検索すると、首都大開学前に記載された新大学構想に反対するサイトが多くヒットする。
もちろん、これらは都立大改革が大学内の反対をいかに押し切ったか、あるいは首都大学東京がいかなる構想に基づいて計画・立案されたかの貴重な資料であるが、
首都大開学後に首都大の実情を踏まえた大学論を書いている記事は多くない。

そこでインターネットのはしっこに、首都大改革の結果が一学生からどう見えていたのかを書き残しておこうと筆をとったのが本記事である。
すでに私が首都大在学していたのは5年以上前になるので、今はどうなっているかは分からないが、少なくとも移行期を長く見ていた人間として書く資格程度はあると思う。
また、私が人文系所属だったため、当然人文系が話の中心になってしまうものの、首都大に限らず総合大学の大学改革はだいたい人文系・教員養成系が中心になるので、この点については好都合であろう。

都立大学改革の概要

すでに都立大改革は10年以上前の話になっており、かつそれほど知名度の高くないこともあり、関係者や大学教育に関心が高い層以外は、よく知らない人が大多数であろうと思われるので、簡単に俗に言う都立大改革・首都大開学までの歴史を振り返っておこう。

ときはゼロ年代前半、小泉政権のもとで郵政民営化など行政のスリム化が「改革」のワンフレーズのもと押し進められる時代の話である。
国立大学の統合・法人化が押し進められ、その波が公立大学に押し寄せてきた時代。

東京都立大学も都立の他3大学(東京都立科学技術大学東京都立保健科学大学東京都立短期大学)との統合が決まっていた。

ところが、そこに時の都知事・石原慎太郎が介入。
石原都知事が2期目の都知事選で掲げた「まったく新しい大学を作る」という謎の公約を実行して作った謎の大学が「首都大学東京」である。

結果から見ると、大学名以外何が新しかったのかよくわからなかったわけだが、
「都市教養学部」とか「単位バンク制」とか「教員任期制」とかなんか色々新し目の単語を揃えた新大学「首都大学東京」が2005年にできたわけである。

その過程では、大学改革に反対して多くの教員が流出。首都大学東京開学時おいては、教員が揃わず総合大学でありながら経済学の専攻が成立しないという自体になった*3

また、あらゆる大学の大学改革でそうであるように、人文系の教員の反対が多かった。石原慎太郎がそういった反対する仏文教員を揶揄して「フランス語はろくに数も数えられないから、国際語失格だ」とか発言して、全国ニュースになったことを覚えている人もいるだろう*4

そういった新しめの言葉のもとで行われた改革について下記で検証していく。

首都大学東京の校風

大学改革の制度の検証に移る前に、6年間過ごした首都大学東京の校風について話したい。本項は思い出話と思って頂いて構わない。

首都大の校風はなんといっても「地味」である。

その地味さの由来は八王子市南大沢という立地にある。新宿まで出るのに45分、390円かかる。
最初は粋がって都心に遊びに行っていた新入生もだんだん南大沢や堀之内で遊ぶようになる。
付近に中央大学などもあるが、早慶やMARCHみたいによその大学への強烈な優越感や劣等感があるわけでもなく、なんとなくそこそこ勉強して卒業していく。まあ、そんな地味でまったりしている大学である*5


都立大から首都大になって、都立大の先輩方はよく「(首都大になって)チャラくなった」「活気が出た」と仰っていたが、
これでチャラくて活気が出たというのなら都立大は修行僧でもやっていたのかという地味さである(あとまあ単に都立大から首都大になっても定員が増えたというのはある。おかげで食堂は酷いことになってたけど)。

自分が入った頃の学生を分類すると3パターンあった。

パターン1……首都大改革の理念を信じて入ってきた層。意識が高い。
パターン2……センター試験の点数でなんとなく入ったそう(自分も該当)
パターン3……県立進学校の良い子で、国公立至上主義の進路指導に従い素直に進学した子

これがパターン1:パターン2:パターン3=2:4:4ぐらいの比率でいた大学だった。
この学風のまったり要素はパターン3の学生が担っているのは間違いないが、彼らはいい子たちなので憎めない。

対して、パターン1の学生はやる気に満ち溢れており活気が溢れそうな気もするが、
そもそも石原慎太郎の薄っぺらい改革フレーズに騙されている奴らなので、頭が悪い。

パターン1の学生はインカレサークル作ったり、ミスコン作ったりなんか頑張っていたようだが、所詮安っぽいことしかできないし、在学6年間みていても彼らの存在感は年々落ちていった。

石原改革の御威光も大学改革の理念も散逸した今となっては、彼らは絶滅危惧種になっているのではないかと想像する。

そんなわけで、まったりした風が今日もインフォーメーションギャラリー(というところがあった)を吹き抜けているのはないか、と想像する。

都市教養学部とはなんだったのか

さて、本項以降では首都大学東京が新しく打ち出した「改革」について検証していきたい。まずは「都市教養学部」という奇妙な学部からである。

東京都立大学人文学部、法学部、経済学部、理学部、工学部の5学部を有していた。医薬系や教員養成系は持たないが、ごく一般的な総合大学の形態と呼んでいいだろう。

対しては、2005年に開学した首都大学東京は都市教養学部、都市環境学部、システムデザイン学部、健康福祉学部という4学部を持つ大学となった。

……うん、なんなんですかね、この学部名。よって私の学歴も都市教養学部卒業となる。学士はもちろん、学士(都市教養)である……わけはない*6

システムデザイン学部は旧東京都立科学技術大学、健康福祉学部は旧東京都立保健科学大学の流れを組む学部なので、都立大の文理5学部は実質的には都市教養学部、都市環境学部の2学部に再編されたことになる。

ここで都市教養学部の組織図を見ていただきたい。

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都市教養学部の中に、都立大学5学部は人文・社会系、法学系・経営学系・理工学系という形で吸収されたことがわかる。*7

都市教養学部という名前とこの構成から見ても、文理融合型学部として新たなリベラルアーツ学部を作ろうとした跡形だけは見て取ることができる。

が、実際のところどうだったか。早い話が、この都市教養学部という学部は実態がなかった。

この4学系は入学定員の枠も別(東大のように入学後に学系を超えた進振りがあるわけではない)、カリキュラムも全く連関していない、教員の所属も別、事務組織も別、なんならそれぞれの研究室の建物も別。

都市教養学部という枠で教授会が存在したのか不明だが、少なくとも6年間の在学中に都市教養学部という括りで何らかの動きがあったという話は聞いたことない。

都市教養学部*8というのが存在したのが、唯一都市教養学部が「学部」とまとまっていたところかもしれない。もっとも、その下に学系長というのが存在したのだが。

要するに、都市教養学部という名前の下に人文学部、法学部、経営学部、理工学部という4学部が実質的に独立して存在していたのである。

そして、実際平成30年度から都市教養学部は解体され、人文社会学部、法学部、経済経営学部、理学部に再編されることが決まっている(要するにもとに戻す)*9

学際研究、リベラルアーツとうるさいこのご時世に、人文社会学部を復活させる一見逆コースに思える決定は、都市教養学部という理念先行の失敗を受けた現状追認と見れば当然に思える。

最後に、実際学生のカリキュラムはどうだったか記述しておこう。
今はどうか知らないけど、当時私が所属した専攻では自分の専攻の専門の単位は約50単位を揃えばよく、必修の基礎科目さえ揃えば、残りの専門単位は他のコース、学系の単位で揃えても良かった。
日本文学を専攻していた自分で例えれば、日本文学の単位で50単位とって、1、2年生の必修の基礎科目をとれば、あとは他の専攻の単位で卒業単位を揃えてよかった。

おかげで、自分は社会学や哲学の授業を受けたり、憲法の授業受けたりしていたわけだけれども、正直学際的な勉強をしている学生はあまりいなかった。
ここで出てくるのが、先ほどの学生の校風である。地味で良い子である子たちは、そういう単位のとり方はあまりしない。
専攻に示された模範どおりの単位をとって卒業していく。良く言えばいい子だけど、悪く言えば保守的である。
保守的な子たちに学際的な勉強を自主的にさせるのは難しい。結果的に、都市教養学部という制度は学生たちもあまり利用できなかったのである(まあ理系科目を受けても教養科目以外はちんぷんかんぷんだし、仕方ないところはある)。

これは余談だが、日本文学を専攻した私は上の図式では「都市教養学部人文・社会系国際文化コース」なるところの所属になっていた。
日本文学なのに所属は国際??英語喋れるの??みたいな謎のことになっていた*10
この国際文化コースは流行りの国際教養系とかでは全くなく、英文、仏文、独文、中文、日文、史学、哲学、表象文化論という専攻の集合体で、要するに狭義の人文学が集められて適当に国際文化コースという名前がつけられていたというのが真相。
当然、国際文化コースなら組織になんら実態はなかったわけで……こんなのばっかり。


自分のツイートで恐縮だけれども、都市教養学部へのこの皮肉はかなり的を得ていると思う。

単位バンク制

首都大改革の目玉として導入されたものとして、単位バンク制というものがある。

単位バンク制は新大学構想の様々な制度の中でも、大学を破壊するものとして都立大改革反対派から最も懸念を示されているものの一つであったようだ。

都が新大学(首都大学東京)で導入を検討している単位バンク制 (注1参照) は非常に問題があり、学外だけでなく、学内の授業科目も毎年、登録授業 科目として講義内容も含め評価・審査対象とされている(大学管理本部が任命した個人で構成された教学準備委員会の3/29の資料021�!+027)。これは、 授業科目やその内容を検閲する制度であり、学校教育法59条に明白に反するだけでなく、学問の自由(憲法23条)に対する干渉が可能という点で重大な 問題点を含んでいる。
「単位バンク制」は大学教育を破壊するおそれがある

ようするに、いろんな大学の単位を銀行のように貯められる、というものらしい。

らしい、というのは、この制度を利用していた人を一人も知らないからである。

自分の記憶が正しければ、単位バンク制で利用できた他大学は二大学の一部の授業程度で、要するに普通の単位互換制度と変わらない。というか、普通の単位互換制度が充実している大学にはるかに劣るだろう。

このように、不幸中の幸いで(?)、大学教育を破壊するものとはならなかったわけだが、
要するに大々的導入した割に何にも機能しなかった制度なのである。

初年度パンフレットでは大々的に載っていた単位バンク制は年々文字が小さくなり、
今日首都大学東京のサイトを探してみたがどこにも載っていなかった。
ごく普通の単位互換制度の紹介がHPの端っこに載っているだけで、こうして大学改革の目玉は滅びたのだった。

www.tmu.ac.jp

教員任期制・年棒

こうした都立大改革が発表された当初、先生たちは激しく反対したが、学生はそこまででなかったと都立大の先輩方からお伺いしたことがある(もちろん反対運動を行った学生もいる)。

おそらく教員が大きく反発した最大の理由はこの教員の任期制・年棒制であろう。

今、全国の国立大学を蝕む(文科省からの圧力で)、この制度だが、
正直、学生からはこの効果はなんとも言えないし、分からない。

ただ、2014年に、首都大は任期制を撤廃するというニュースが流れている
全国の国立大学改革と逆行する動きで、これができるのが国立ではない都立の強みを発揮しているとも言えるのかもしれない。

首都大学東京とはなんだったのか

ここまで首都大学東京の改革について見てきましたが、
結論から言うと、当時改革で掲げられたものは何の意味もなかった、と言えるだろう。

そのことに東京都も気づいたのか、都知事が交代交代で大学に世間の目が向いてない間に、確実に改革の巻き戻しを行っている。
ここで小池百合子知事が首都大に気づいてしまったは運の尽きで、今後何があるかわかりませんが、首都大12年の歴史(失敗も含めた)を踏まえた決断を期待している。

*1:都立大改革反対派が使う首大という略称はあるが、ニュートラルなのはこちらの略称だと思うので、こちらを採用する

*2:都立大学は最終的に2010年まで存続した

*3:2012年ぐらいに経済学コースという形で復活した。最も、自分が在籍した頃でも全く経済学の先生がいなかったわけではないし、経済学の授業は行われていた。余談だが、マル経の教授が残っていたのはウケる。他に行き場がなかっただけだろうけど

*4:余談だが、首都大改革後も仏文の教員は石原慎太郎の悪口をよく言っていた

*5:東横線都立大学駅にあった頃は知らないけど、地味さは似たようなものでしょ

*6:本当は学士(文学)です

*7:都立大学改革反対派は東京都立大学首都大学東京は別大学だという立場をとるので(法律上もそうなっている)、こういう言い方は好まない。が、人的施設的資源を引いていることは明らかであるし、別大学というは主張はかなり「政治的」だと思うのでここでは採用しない

*8:初代学部長は刑法の前田雅英。大学改革で親石原派で論功行賞で学部長にしてもらったというのが専らの噂。真偽は不明だが、その後の東京都の規制問題などでは東京都よりの姿勢をとっている

*9:HPを見ると理工学系の工学分野はシステムデザイン学部に吸収されるっぽい。よく知らんけど

*10:当時は明治大学国際日本学部もなかった

固有の人生を描くということーー『この世界の片隅に』感想

話題の映画『この世界の片隅に』をそこそこ前に観てたんですけど、昨日人と話してちょっと書きたいことがまとまったので、メモ書き程度に。

こうの史代の原作は知っていたもの未読、片渕監督も以前『マイマイ新子と千年の魔法』を観たことある程度。

太平洋戦争の色が濃くなるなか、広島から軍港の街・呉に嫁入りしたすずが主人公。広島と呉なんて電車で30分ぐらいで行けるんじゃないの?ぐらいのイメージでしたが、戦争が進むにつれ段々その距離が(汽車の切符・便数の関係で)遠くなっていくのが印象的でした。そうした物理的な時間距離なだけでなく、すず本人の心の距離も広島から呉に移っていたというのもあるのでしょう。

等速でない時間の辛さ

この映画は、昭和一桁(すずの子ども時代、正確には忘れました)からはじまって、昭和21年ぐらい?に終わるんですけど、作中で印象的なのはマンガのように日付が右上に出るくること。自分としてはこの日付がとても印象にのこりました。

戦争が進むに連れ少しずつ物資がなくなっていくこと、昭和20年には入ると呉も含めて本土空襲が激しくなること、そして8月6日に広島に原爆が落ちることも後世の自分達は知っている。呉は軍港ゆえに当然激しい空爆があったところです。
姪を失い、右手を失い、同級生を失い、少しずつすずさんは追い込まれていく辛さ。昭和20年6月に機銃掃射を受けてドブに逃げて「イヤや」を連呼するすずさんをみて、視聴者はあと2ヶ月でその戦争が終わることは知っている。しかし、本人たちはそれを知る余地はない。

人生がそうであるように、作中内の時間も等速ではないので、とにかく昭和20年が過ぎるのが長い。あと少しで戦争は終わるのに、と歴史を知っている僕たちは思ってしまうのだけれども、なかなか昭和20年8月15日にたどりついてくれない。このエントリの冒頭で日付が印象に残っている、と言ったのはこの等速でない時間の象徴として、なかなか8月15日にたどりついてくれない残酷な日付が印象に残っていたのです。作中でもタンポポや蝶々など季節のものが描かれていて、この季節感も時間とリンクしてすごく丁寧に描かれていました。
でも、8月15日にたどり着くためには、8月6日を超えなければならない辛さ。これは視聴者が作中人物よりも情報を知っているからこそ、すずさんとは別の意味で視聴者も追い込まれていく気がして、本当に作中で観ているのが何度も辛くなりました。

反戦映画でない?

この世界の片隅に」はすずさんの人生ないしは生活を描いている、とよく称されています。また、既存の反戦映画へのアンチテーゼとして語られることも多かった印象はあります。
この世界の片隅に」は反戦映画である/ないで語るのは不毛さしか感じないのですが(こういった言説のもとになるのは終戦の日のすずさんの発言だと思うのですが)、戦争作品にありがちな作中に後世からの代弁者がいないという点は丁寧に描かれているなと思います。

戦争モノは山中恒による少年Hへの批判に代表されるような後世からの代弁者を出してしまいがちですが、それを排除しているがゆえに「生活」を描いているといった言説に繋がっていったのかな、と(強いて言えば、モダンガールのお姉さんがちょっとそういった立場に近い存在でしょうか)。
ただ、戦争の悲惨さを描いてないかというと全くそんなこともないわけで(前段で述べた通り、戦争ですずさんはかなり追い込まれていってる)、反戦である/反戦でない、とか括ることの方が違和感あります。

すずさんの固有の人生

エンターテイメントでは作中登場人物に感情移入させるのが良い作品、のように語られますが、先程述べた通り本作は後世からの代弁者もいないし、歴史を知っている自分たちはすずさんに感情移入もできない。視聴者とすずさんの人生には決定的な乖離があるわけです。でも、その乖離あるからこそ、固有の「すずさんの人生」を描くいうことになっていくのではないでしょうか。

家族と死と共同体と――映画『海街diary』感想

一ヶ月ほど前に、アメリカから帰る飛行機の中で『海街diary』を見ました。
見た理由は単純。大韓航空機内に入ってる日本の映画がこれしかなかったんです(もちろん日本語吹き替え版のハリウッド映画はそこそこあるから、それほど見るものには困らない)。

是枝監督作品、過去に見たことあるのが、『空気人形』ぐらいで、空気人形の感想は正直「メタファーあざといなー」って感じで、全然いい印象なかったんですよね。日本を代表する監督にめっちゃ失礼な話ですけど。

で、この『海街diary』そんなわけで全く期待せずに見たんですけど、めっちゃ素晴らしかった!

というわけで、相当遅い感想を書いてみようかな、とおもって書いたのがこれです。日本を代表する女優4人(めっちゃ豪華!)を使っている映画に何を今更って感じですが……。ちなみに、原作は全く読んでません。

冒頭のあらすじとしては、鎌倉に住んでいる三姉妹のもとにだいぶ前に別れた父親が死んだという一報が届きます。
と言っても、両親はとっくに離婚して離れ離れになっており(三姉妹は3人だけで住んでいる)、三姉妹の方にはそれほどの深刻さはありません。そして、三姉妹は会ったことのない妹すず(広瀬すず)と出会います。
亡くなった父を看取った妹すずと、継母も含めた周囲のすずに対する扱いをみた長女・幸(綾瀬はるか)は、すずに一緒に暮らさない?と持ちかけ、すずが「行きます」と答え、鎌倉で四人の生活が始まるところから物語が始まります。

と、冒頭のあらすじを書くと、めっちゃ重い空気の映画に思えますが、全体的にはそうした空気ではないんですよね。
すずはしっかりしている描写をされていることもあって、特段のイニシエーションもなく(強いて言うなら自家製梅酒を飲まされるところですかね)、三姉妹の家に馴染んでいるし、すずも両親がいないことをサラッと学校の友達に言ったりするので、そういう「両親の喪失」といった類の悲しさを持っている映画ではないです(三姉妹の母親は別のところに生きてはいるものの、どちらかというと四人の生活を乱すものして描かれている)。

というよりも、この映画のすごいところは、冒頭では葬式、中盤では法事、終盤ではまた葬式ととにかく喪服ずくめの映画ではあるのですが、不思議とそれが直接的な悲しさというか、死をクライマックスとしない雰囲気を持っている映画です。

すずが鎌倉に来て、大したイニシエーションもなく地元の少年サッカーチームに入ります。
さっきも言いましたけど、両親のいない恵まれてない子だから、イジメに遭うとか過酷なイニシエーションを通らないと仲間として認めて貰えないとか、陰口を叩かれるとか、そういうのは本当にない映画です。物語としては、そうした逆境をつけたほうが濃淡が出ると思うのですが、決してそういう安易な道を選ばない。結構、なんとなくふわっと共同体に溶け込んでいくですね、すずは。この描き方は本当にすごいと思います。

そのサッカーチームかつ三姉妹の御用達のお店が「海猫食堂」になります。海の街である地域とガッチリ結びついた地域共同体の象徴のようなお店ですね。これだけ、複雑な家庭だと白い目で見られたりとかしそうですけど、この奇妙な四姉妹を地域共同体は受け入れています(逆に三姉妹の親戚のほうが拒否反応を示すことが多い)。

もちろん、しっかりとしているすずには鬱憤が溜まっている(特に継母に対して)描写や父親絡みでここにいていいのだろうかと悩むシーンはちょこちょこあるんですが、家族や共同体から排除しようとかいう描写はほぼありません。
そういった波風立ちそうなところも主に親戚絡みであるのですが、結局ふわっと家族と地域共同体に包まれていくというか。そうした雰囲気を持っている映画です。

(以下ネタバレあります。ネタバレされても価値が毀損するような映画ではないと思いますが、結構これが告げられるシーンはインパクトあります)

ある日、地銀の銀行員である佳乃(長澤まさみ)は「海猫食堂」のおばちゃん・さち子から海猫食堂を巡る財政状況を知ります。海街diaryのすごいところに、家族と地域共同体と同時に仕事が日常の中で隣接しているのもすごいですよね。決して、仕事が家族の暮らす日常から隔絶されていない。

仕事と四人の家族生活以外にも、四人の恋愛模様は並行して描かれています。恋愛とか仕事とか家族とかそうしたものが、全部「海街」というなかで完結している。「海街」という共同体に包まれているといった感じですね。

でも、その四人の恋愛模様の中で唯一「海街」から隔絶されているものとして描かれているのが、幸の恋人の医者ですね。四姉妹の家が古典的な日本家屋だったり、他の姉妹の恋人は地元の商店で働いていたりちょっと前の日本をイメージさせるところにいるなか、幸の恋人だけは現代的なマンションに暮らしています(しかも幸とは不倫関係)。

終盤、幸の恋人は離婚して渡米するので、一緒に来て欲しいと持ちかけます。海街の空気に程遠いアメリカという遠い世界を持ち込んでくる存在なわけです。幸は最終的には恋人より四姉妹を選ぶわけですが、「家族」を選んだという側面の他に街を選んだという側面もあると思います。

物語の終盤、海猫食堂のさち子はガンで亡くなり、看護師である幸が看取り、葬式で4姉妹が参列している描写になります。ここも仕事と日常と共同体が奇妙にクロスしている仕掛けになっているんですね。泣ける。

最後、物語は浜辺を歩いてる四姉妹の会話の会話は、四姉妹は当たり前に家族なんだ、と思わさせられます。重要なのは何かをきっかけにとかではなく、かなり前から家族になってるんですよね。
もちろん、さち子が亡くなったことは悲しいのだけれども、決して暗いだけでは終わらない。

この作品のいいところは、「死」と「家族」と「共同体」が自然な距離で隣接してるところなんですね。
そこに仕事もあり恋愛もあり、でも、日常は続いていくという終わり方をしています。冒頭にも述べましたが死が決してクライマックスにならない、という稀有な作り方をしています。

作中、鎌倉はあまり高い建物がないので、全体的に青っぽい映像が多いのですが、「死」も「家族」も「海街」が全体を包み込むような雰囲気になっている、そんな素敵な映画でした。

社会批評性と実存――ミシェル・ウェルベック『服従』感想

去年から話題になってた作品・ウェルベック『服従』をようやく読みました。

服従

話題になっていたのはウェルベックが日本で(海外文学としては)人気がある作家ということもあるのでしょうが、やはりホットなフランス政治を舞台としたセンセーショナルさでしょう。実際、帯にも「シャルリ―・エブドのテロ当日に発売された近未来思考実験小説」という煽り文とともに、内田樹とか高橋源一郎とか東浩紀とかの様々な知識人の絶賛コメントが並んでいます。その上に、解説が佐藤優。どんな政治小説かと身構えてしまうのも無理もない煽り方です。実際、読むまで「ウェルベックも政治にかぶれてしまったのかー」とか思ってました。イギリスのロックバンドとフランスの知識人はキャリア中盤以降、政治にコミットしたがるし(勝手な印象)。

政治的にはフランス大統領選挙で極右「国民戦線」とイスラム穏健主義政党が決選投票に残り、既存政党がイスラム穏健主義政党と連立し、イスラム穏健主義政党が大統領選に圧勝。イスラム教徒が大統領になり、次第にイスラム化(高等教育の縮小、一夫多妻制、女性の社会進出の減少……)が進められる、という内容がインテリの主人公によって圧倒的なディテールを持って描かれています。
余談ですが、日本で民主主義を捨てるか、日本文化を捨てるか、と言われたら、前者を多くの人は選択しそうなので、このストーリーが成立するリアリティをもたらすものとして、逆にフランスの「民主主義」への信頼の強度を感じます(ウェルベックは意図してないのだろうけど)。

ただ、ウェルベックなので、そんな単純な政治小説ではありません。主人公はフランス文学(ユイスマンス)を教えている大学教授。冒頭から、男性の性的魅力が女性に比べれば歳をとっても緩やかにしか下降しないことを利用して(しかもそれを自覚しながら)、女子大生を抱きまくっています。

ウェルベック作品の男性主人公が性欲の強さを持て余しているのが多いなかで、今回の主人公は比較的性愛も社会的地位も恵まれています。

語り手である主人公は冷酷な目で変わりゆく社会を観察してますが、政治的混乱に対して、基本的にデタッチメントです。村上春樹が年齢を重ねるにつれ、コミットメントに変化していったのと対照的なぐらいに。ただ、政治的混乱でユダヤ人のセフレを失います(国民戦線がかつてユダヤ人排斥を訴えたため、イスラエルに移住してしまった)。これが主人公の選択に影響を与えます。

イスラム主義政党が政権をとったあと、主人公は一旦大学から退職する。しかしながら、イスラム教徒の新学長から説得され、再び教壇に戻ります。学長が執筆したイスラム教について解説した本を貰うのですが、「大半の男がするように」一夫多妻制のページをすぐに開くという描写は面白いですね。

そして、物語は下記のような記述で終わります。
「何ヶ月か後、講義が再開され、ヴェールを被った、可愛く内気な女子学生たちが登校してくる。(中略)女子学生たちは皆が、どんなに可愛い子も、ぼくに選ばれるのを幸福で誇りに思うに違いないし、ぼくと床を共にして光栄に思うだろう。(中略)ぼくは何も後悔しないだろう」

ウェルベックは『素粒子』では、性的コンプレックスを抱えた兄をSF的展開で救いをもたらそうとしました。本作でそのSF要素の役割を果すのが、イスラームの一夫多妻制になっているという最高の皮肉で物語は終わります。しかも、皮肉なことにこれまでのウェルベックの小説のなかでは一番現実的で、一番救われている。
一見、政治小説に見せかけつつも、その政治の問題が実存と関わってくる巧みさが本作の魅力でしょう。もちろん社会批評性をもったものとして読むことも可能だけれども、それはガジェットにしかすぎない。ウェルベックのデビュー作『闘争領域の拡大』では、恋愛市場を現実の市場のアナロジーとして描きましたが(それゆえの階級闘争のメタファー)、社会批評的な要素を実存の問題を落としこむことに関しては、本当に巧みな人です。

よくよく考えれば、この主人公は旧体制でも、男性と女性の年齢に対する非対称性とか教養とかを使って女子大生を抱いていたわけで、実際のところ何も変わってない(ここで重要なのはウェルベック作品に出てくる男性の大半は、そこそこ教養のある女と寝られればそれでいいのであって、その女性は交換可能な存在である)。
作中でイスラム主義の新学長が「大学教授は複数妻をもつに相応しい職です」(イスラムでは複数の妻を持つためにはある程度の経済力が必要とされているため)と述べているけれども、実は主人公が教養と地位で女子大生と寝ていたことを制度的に肯定しただけとも言えなくもない。ここでも、主人公の実存と政治状況が合致してくる巧みさが映えます。

政治をディテールをもって描きながらも、そこに一片の愛も信頼もない。主人公はイスラム教徒に改宗するのだけど、イスラム教徒の新学長が語るID説にも興味が無いことでしょう。さらに言えば、ウェルベックは交換不可能な愛なんて信じていない。ウェルベックはそうした余計なものを取っ払った向こうにある実存を冷酷な目で抉りだし、描き出す。

ウェルベックは、次は何を抉りだすのか。そして、これよりも現実的な救済をウェルベックはいつか描き出せるのか。次回作が楽しみです。

組織と貧者の狭間でーー『フランチェスコと呼んでーーみんなの法王』感想

イタリア映画祭で『フランチェスコと呼んで――みんなの法王』をみてきました。

特にイタリア映画に興味もなく、カトリック教徒でもない自分がこの映画を見に行ったかといったら、単に教皇フランシスコのファンなんです。もっとも、大して調べたりもしていないので、ミーハーなのですけど。

アルゼンチン出身の教皇フランシスコは清貧を重んじ、貧しい人に寄り添うことを常に忘れていない教皇なので、大変尊敬しています。

そんな教皇フランシスコ(ベルゴリオ枢機卿)のアルゼンチン時代を主に描いた作品です。

イエズス会への道に進路を決めたベルゴリオをインテリ階級の大学の友達が歓迎しないところからこの物語は始まります。ラテンアメリカみたいなカトリックへの信仰が強い国だと、もっと歓迎されるのかと思っていました。

アルゼンチンはカリスマだったペロン大統領がいなくなったあとの軍事政権、軍部が教会への圧力をかけ始める時代に突入してきます。
管区長になっていったベルゴリオは、軍部が圧力をかけてきた結果、貧者に寄り添う(=反政府組織に近しい)司祭を何人も失っていきます。

この映画で描かいているベルゴリオは貧者に寄り添っている人でもありつつも、あくまでも組織の中にとどまっている人です。ベルゴリオは軍部にその司祭たちが影響を受けていたであろう「解放の神学」への立場を聞かれた際に、解放の神学への理解は示しました。けれども、ベルゴリオはバチカンには認められていない解放の神学に自らは飛び込んで行こうとはしない。
本来ならば、貧者に寄り添っているはずの司祭が軍部に拉致され、彼らを助けることが出来ない。拉致された彼らが解放されたあと手助けをしようにも、尼僧に彼らの居場所を教えてもらえないのは、そうしたベルゴリオへの抵抗感からでしょう。

軍政時代のベルゴリオの軍政との戦いは、弱者に寄り添いつつも、限界があった。控えめに見ても、軍政との戦いは引き分け、どころか若干負けであったと言えるでしょう。

ベルゴリオはその後もカトリック教会の中にとどまりつつ、司教補佐になったあとの物語が描かれます。

司教補佐となったあともブエノスアイレスの街を歩き、貧民と寄り添っていたベルゴリオ。軍事政権という目に見える巨悪はなくなり(フォークランド戦争の敗戦ですね、この間にあったのは)、スラム街の再開発計画を進める行政とスラム街から立ち退きを求められる住民たちの対立が描かれます。

ベルゴリオは、国と対立したくない司教を直接説得し、自ら市との交渉役を名乗り出ます。再開発計画は行政よりも上の要請・投資家との戦いとなってくるわけです。彼は再開発計画の場に司教をつれだし、その場をみた司教は貧しき者へ、強制執行を行っていた警察官へ、祝福を行います。結果、再開発計画はまた見直しとなりました(このシーンめっちゃ泣ける)。

ベルゴリオは軍政との戦いの際に、組織に残った人間でした。その結果、救うことのできなかった人もいたことでしょう。しかし、再開発計画との戦いは信仰と組織を用いることで勝ちました。
管区長を辞し、田舎司祭をやっていた際に、司教補佐への就任の依頼を受け、受諾した理由に「多くの人を救うため」と述べています。
また、軍部が神学校を捜索した際に、「組織の人間だから悪く思わないでくれ。あなたも組織の人間だからわかるだろう」と述べる軍人に対し「私は私の良心に従う」と述べます。

彼は組織に残りつつも、貧者と良心に寄り添い、組織を動かして彼らを救っていったベルゴリオ。
そして、カトリックという旧弊な組織の頂点にまで辿りつきました。

就任後の活躍はご存知の通りですが、彼は即位後、生前退位したベネディクト一六世への敬意と連帯を度々表明しています。ベネディクト一六世は保守派で知られた教皇で、一見正反対のような見えますが、教皇フランシスコはベネディクト一六世への敬意を忘れていない。そのことは、劇中では事なかれ主義で描かれていた司教への敬意を常に持ち続けていたことと被ります。

もちろん、映画は映画なので、かなりバイアスの入った人物像ではあるでしょう。また、劇中では全く描かれていませんが、フランシスコは同性婚に反対したりと、保守的な側面も持っている人ではあります。

組織を出て貧民と寄り添った人も聖職者もきっといるでしょう(たぶん)。だけれども、組織の中で組織を少しずつ良くして行く人も必要です。

こんなことを言うのも大変僭越ですが、教皇フランシスコがその地位を使って、世界を少しでも良きものに、貧者に寄り添った社会にしていくのを、改めて期待せざるを得ません。

キリスト教事情やアルゼンチン事情には全然詳しくないので、間違えたこと書いてたら許してにゃん)

人と建物--中銀カプセルタワービル

久々に都心に赴いたので本屋でふらふらしてたら見つけた本。
都会の本屋は建築関係とか思想関係の本が充実してて、ふらふら歩いてるだけでも楽しいですね。

中銀カプセルタワービル 銀座の白い箱舟

中銀カプセルタワービル」の写真や住んでいる人たちのインタビューを集めた本。

黒川紀章の代表作として広く知られているビルですね。ハロプロ的には東スポの連載で℃-uteが撮影してました(ものすごくどうでもいい情報だ)。
メタボリズムの代表作として、カプセルを積み重ねることで出来ています。カプセルを交換できる構造になっているけれども、実際はカプセルを交換されたことはない。近年は老朽化で建替をするかどうかでもめていることまでは知ってました。

作品として興味あってパラパラめくってみると、「雨漏りがひどい」「お湯が出ない」「寒暖の差が激しい」「湿気がひどい」「手狭になってきた」とかそんな世知辛いエピソードが色々出てきて面白くなってつい購入。
有名建築の本ってどうしても、設計者の意図と綺麗な写真が前面に出てきがちですが、「数十年経過した写真」と「住んでいる人の声」が並んでいるっていうのはとてもおもしろいですよね。

メタボリズムの皮肉

自分も昭和50年ぐらいに作られた鉄筋コンクリート製アパートに住んでたことがあるのでわかるんですが、この時期に最先端とされていたのか無駄にセントラルヒーティングとかセントラル給湯器?とか多くて、見事に使えなくなってる笑。そして、アスベスト問題で修理できない笑
小島信夫抱擁家族』で、米兵に妻を寝取られた夫がセントラルヒーティングの家を建てる描写がありますが、アメリカ的なセントラルヒーティングへのあこがれが強かったんですかね。

閑話休題、そういった冷暖房、水回り、雨漏りといったあたりに問題を多く抱えていってるらしく、大変興味深く読みました。カプセルごとに交換するコンセプトが故にカプセル未満の設備の修理・交換がしづらなくなっているというもなかなかの皮肉なものですよね。

また、手狭になってきているというも面白くて、カプセルがそれぞれに独立性が高いがゆえに壁をつなげるとかしづらいってのも皮肉ですよね。
メタボリズムのコンセプトに、そこから成長していく、というのがあったかと思うのですが、それが逆に足を引っ張ってしまっているというか。

でも、結果的にカプセルが交換されなかったがゆえに、各所有者が各々修理していき、「無個性で画一的なカプセル」の積み重ねが個性をもったカプセルに変化していったというのも面白いですよね。設計者の意図と違った方向で、進化していったメタボリズムというか。ある程度、成長の方向性を決めたプラットフォームを作っても、その上に育っていたのは別の方向性だったというか。

都会のセカンドハウスというコンセプト

中銀カプセルタワービルって有名な建物ですが、結構なんのための建物なのか知らない人も多いかと思います。
実は自分も知らなかったんですが笑、都心での「逆別荘」ともいうべきセカンドハウスやオフィスとしての利用を見越して作られたとのこと。
だから、洗濯機置場がもともと常設置き場設置されなかったし、最初から設備をはめ込んだユニットとして作られていたというのも納得できます。

これとても面白いな、と思っていて、実際つくば市に住んでいると都心のセカンドハウスめちゃくちゃ欲しい笑
終電を気にせず、ふらっと週末に東京に遊びにいった際に拠点となる場所があるのはいいですよね。実際、オフィスとしてや別荘として使っている人のほうが多いようです。

このコンセプト自体がメタボリズム的というか、人口増大とともに都市は拡大することを前提に(=都心からの距離は離れていく)、都心にセカンドハウスが必要となっていくだろうというこが前提のコンセプトですよね。今はどちらかというとコンパクトシティとかが注目されているし、こういったところでも時代を感じてしまいます。

カプセルというコンパクト感

この本を買った理由としては前述のとおり有名建築と住んでいる人たちの声のギャップに惹かれたからなんですが、写真から伝わってくるのカプセルの「秘密基地」感が気に入ってきました。
とにかく狭い。そして、窓が大きい。けれども、窓は一箇所しかない。この窓が一箇所しかないというのは結構重要なのかな、って思います。

外観はメタボリズムを意識していながら、内部はミニマムで閉鎖的な空間を構築されている。デザイナーズ住宅とか開放的な空間!とかコンセプトがとても多いですが、人が多く行き交う都会だからこそこうした閉鎖的で個人的な空間の重要性を黒川紀章は理解していたのかなと逆に思います。
窓を複数面につけてしまったり、一面であっても全面ガラスにしてしまわず、秘密基地から外を覗くかのような丸い窓をつけたのも、それを理解していたからかな、という気もします(何も調べてない妄想ですが)。

実際、数百万円で買える(らしい)という話を聞くと、都心でのセカンドハウスがほしいという理由もあり結構心ひかれます。ただ、実際メンテナンスが難しそうなのが難点ですが、いつか買いたいですね。

有名建築と実際住んでいる人に注目した本というだけでも面白いですが、編纂した人の愛が伝わってくるいい本でした。

アイドルと外見至上主義――アイドルの残酷さとは

 

*リベラルとアイドルの相性の悪さ

 

 ちょっと周回遅れな話題ですけど、HKT48の「アインシュタインよりディアナ・アグロン」という歌詞が女性差別的だと話題になりました。ディアナ・アグロンとは「glee」に出てくるクィンという女性を演じた女優さん。「glee」は、スクールカーストからハブられているようなマイノリティたちが、歌や踊りを通して自己表現することを肯定する価値観を持った作品です。言わば、社会的な役割から解放されることを肯定しているわけだから、以下のまとめで最初に指摘されているgleeが訴えた思想と正反対というのは頷ける。
http://matome.naver.jp/odai/2146033391996228201

 

 最も、作中でクィンの立ち位置って、元々グリー的なものと対極だったわけで、もうちょっと話は複雑だと思うし、作中におけるクィンという役について色々考えるきっかけになったので、まあそれはいつかの機会に(期待はしないでください)。

 

 アメリカのドラマってポリティカルコレクトネスというか作中でかなりの確率でセクシャルマイノリティが出てきたりするものだけど、「glee」はその中でもリベラルな価値観を全面的に押し出している作品です(特にシーズン2以降、そうした側面が強調されるようになったイメージ)。

 

 今回、特に炎上したのはそういったリベラルな価値観を持った人たちから、AKB48グループに対する反感が強かったからという印象はあります(それとは別にネット上では二次元界隈からのAKBへの反感が強いけれども、今回は置いておきます)。ただ、今でこそAKBがアイドルへの批判・反感の矢面に立ってくれていますけど、これが15年前なら批判の矢面に立ったのはモーニング娘。であっただろうし、基本的にリベラルな人たちからのアイドルへの反感(特に女性アイドル)は根強い。

 

 実際問題、女性アイドルはセクシズムと外見至上主義の悪魔合体みたいなところあるし、こればかりは否定しづらい。さらに言えば、加入-卒業を繰り返すハロプロ、AKBといったあたりは、「女性は若い方がいい」といった価値観を肯定している側面もあるし、リベラル的にはかなり旗色が悪い。ももクロが「5人は嵐を目標にする」と公言しているのも、こうした価値観への反発から来るものだろうし、実際頑張ってもらいたいと思います。

 

 女性アイドルのそうした側面から逃れられないということを前提に、そうした批判から少し逃げるために、今回は外見至上主義という点に注目して、逃走線をこの記事では考えてみようと思います。

 

*外見至上主義から逃れるためには

 

 アイドルのファンは「そのアイドルが好き」と語る。これを他のエンターテイメントやスポーツのファンが「◯◯」が好き、と語ることとの違いを少し考えてみます。
例えば、野球ファンはあるプロ野球選手が好き、と語った時に、一般的に好きなのはそのプレイが好きと解釈されると思います。川相選手が好き、と語った場合(例が古い)、いぶし銀な選手が好きなんだな―、という印象を受けるでしょう。
歌手のファンはもちろんその人の“歌”が好きというであろうし、小説家のファンはその小説家の小説が好き、とニアリーイコールと解釈されると思います。要するにアイドル以外のエンターテイメントやスポーツのファンはそのスキルやスキルによって生み出されたもののファンと言い換えることも出来ると思います。

 

 それに対して、アイドルのファンはその「人」が好き、とはっきり公言している人たちでもあるんですね。これは、結構特異なことだと思います。その「人」が歌やダンスかもしれないし、容姿かもしれないし、発言かもしれないし、性格かもしれない。その全てを包摂して(逆に言えばあえて分節化せずに)、アイドルのファンは「そのアイドルを好き」「◯◯推し」と語っているわけです。

 

 アイドルファンの「推し」とは、「人」全体に対する肯定とも言い換えることが出来ると思います。もちろん、それには容姿も重要な要素として含まれているのは否定できません。というよりも、容姿が重要な要素として含まれているからこそ、外見至上主義といった反発をアイドルオタクはリベラルな人たちから受けることが多い。

 

 だけれども、わたしたちはある有名人のファンと言った時に、スキルと容姿を分節化して考えることが出来るでしょうか。
映像・写真メディアが大きく発展した現代において、私たちがその人のファンであるといったときに、スキルとその人の容姿を分節化して捉えることはかなり難しいように思います。
 その最たる例が女子アナでしょう。本来であれば、(もし女子アナを純粋にスキルだけで判断するならば)アナウンス能力だけで判断されるべきなのだろうけど、評価には容姿が大きく関わってきてるのは否定出来ないでしょう。


 そうした例は、俳優・女優、歌手、声優、スポーツ選手……様々なところにこうした現象は見られます。一見、無縁にみえる小説家でさえ、京極夏彦ダ・ヴィンチの表紙になれば売上部数が伸びるらしいし、美人で知られる川上未映子は小説誌の表紙を飾ったわけです。世間ではこれを「アイドル"的"」な売れ方なんて表現されたりもしますけどね。

 

 先述したとおりに、大きくメディアが発展した現代において、容姿とスキルを分節化するのは難しいし、それを悪だと断じるつもりはありません。要するに、現代人は無自覚に外見至上主義というある種の暴力を振るうことから逃れられないのだと思います。

 

 では、アイドルはどうでしょう。先に述べた通り、「◯◯推し」という表現に、容姿も好きという意味合いもくっついてきます。アイドルは容姿で評価されることをある程度は前提で共有されているとも言えます。前提で共有されているからこそ、逆説的に先に述べたような無自覚に振るう外見至上主義の暴力からはある程度逃れられるのでは?という思いもあります。


 アイドル界隈は、アイドルとアイドルオタクの間で「かわいい」と容姿を形容することが相互了解としてあるがゆえに、アイドルに向かって「かわいい」って言える安心感はあります。これを外見至上主義だ、と批判することは出来ると思いますが、少なくとも「暴力的だ」とは言いづらいとは思うのです。

 

 自分の話になるのですが、何らかの能力を持っている人が容姿を評価して欲しい、と本人が言ってもないのに、容姿を評価するってのは結構個人的には苦手です。浅田真央さんの演技は確かにすごいとは思うけど、メディアまわりの扱いはかなり苦手です。アイドル評論家・中森明夫ゼロ年代最強のアイドルは浅田真央(ドヤッみたいなこと言ってて、ある意味正しいとは思いますけど、同時にこの辺りの暴力性に無自覚な辺りは嫌いです。

 

 とキレイ事を言ってみても、アイドル周りにはアイドルが容姿でランク付けされたりとか、誹謗中傷に晒される現実もあります。


 リチャード・ローティは『偶然性・アイロニー・連帯』の序章で「残酷さこそ私たちがなしうる最悪なことだと考える人々こそが、リベラルである」とジュディス・シュクラーをひいてドヤ顔で言っています。


 朝井リョウの『武道館』の冒頭で、ぽっちゃりアイドルの子を肯定しようとした試みがありましたが、そういった形でアイドル界隈の「残酷さ」を軽減していく試みを続けていくことは大事だと思います。

 

P.S.ある記事への違和感として、この記事書いてみたけど、次からは工藤遥ちゃんが可愛いとかアンジュルムの新曲が楽しい、とか、そういう楽しい記事書きたい。

(注:次は期待しないでください)