「マネについて1時間語れる」アイドルが強くて自立した女性アイドルとして結実するまで────和田彩花とアンジュルム

2019年6月18日、スマイレージ/アンジュルムとして7度目の武道館公演は、和田彩花卒業スペシャルとして行われ、武道館中に広がる「あやちょ」コールに包まれながら幕を閉じた。

近年のハロプロ卒業コンサートでは、卒業メンバーが各メンバーの希望やメンバーカラーに合わせた特製のドレスを着て、アンコール明けに1曲ソロで披露するのが慣例になっている。


そこで和田彩花が選んだ衣装は白のシンプルなパンツドレス。選曲はインディーズデビュー曲の「ぁまのじゃく」。
女性アイドルの晴れ着として敢えてパンツスタイルを選ぶ「ぁまのじゃく」な選択は、「強くて」「凛とした大人の女性」と形容される和田彩花の今を象徴する衣装だった。

あっさり次の曲で動きやすい赤のジャケットスーツに着替えた和田彩花は、個性豊かな衣装に彩られた個性豊かなメンバーたちとともに「46億年LOVE」「友よ」を熱唱し、ハロプロとしてアンジュルムとしてのステージを終えた。

エドゥアール・マネについて1時間語れる」アイドル

和田彩花というアイドルを意識したのはいつだっただろう。

デビュー前後のスマイレージは、ももいろクローバー東京女子流と並んで次世代アイドルと注目されており、各メディアで大きくとりあげられていた。その際に見かけたのが最初なので、2010年前後だったと思う。

何かの番組で特技を聞かれた彼女は「エドゥアール・マネについて1時間語れる」と答えたことで、自分の中に強烈な印象を残したが、そのときは和田彩花という個人名すら覚えてなかったと思う。
インパクトは確かにあるが、微妙にツッコミづらいその特技は、特に話を広げられることもなく番組の中で流されていた。

この特技についてのちに和田彩花は、「当時のマネージャーさんに目立つことを書けと言われて書いた、恥ずかしい」と笑いながら語っていた記憶がある。

そんな(おそらく出まかせ半分で書いたであろう)「エドゥアール・マネについて1時間語れる」特技は、のちに「凛とした大人の女性アイドル」像へと結実していく。

ふわふわした不思議ちゃんから目を惹くアイドルへ

2013年、道重さゆみのカリスマ性に惹かれふらふらとハロプロ沼にたどり着いた自分は、ふたたびスマイレージ和田彩花と出会うことになる。

ハロプロを知っている人なら知っていると思うが、当時のスマイレージはのちにメンバーが認めるように、人気メンバーの離脱などもあり2010年当時の輝きはなく、まさに「どん底」であった。

オリコン連続1位記録、紅白出場も噂されるようになり破竹の勢いで復活の階段を駆け上っていたモーニング娘。を横目に、スマイレージはライブツアーもろくに組めない状態(2013年は関東近郊の小さなライブハウスを回るツアーしかなかった)。

その当時の和田の印象はしっかりしたリーダーというよりも「ふわふわした不思議ちゃん」だった。
言動に落ち着きがなく、その場の空気も読めないからトークも面白くない(そもそも場の空気を読む人は「エドゥアール・マネについて1時間語れる」なんてのを特技しない)。
当時の和田彩花は、「あやちょブラボー」とか「宇宙人ピコピコピコ~」とか謎の定番フレーズを色々持っていたが、それが不思議ちゃんっぷりに拍車をかけていた。
「かわいい」と形容されることはあれど、決して「格好いい」なんて評されることはなさそうな、ちょっと頼りなさげな女の子だった。

その自分の中での和田の見方が少し変わる出来事があった。

2013年11月、道重さゆみ率いるモーニング娘。は約10年ぶりに卒業コンサートでない日本武道館を行うこととなっていた。
そこに、オープニングアクトとして発表されたのがスマイレージとJuice=Juiceだった。

その当時、スマイレージ初期メンバーの和田彩花福田花音は、すでにモーニング娘。の主力となっていた9期10期11期メンバーより先輩の立ち位置になっていた。メジャーデビューしたばかりのJuice=Juiceはともかく、先輩格のメンバーがいるスマイレージに前座を担当させることは、オタクの間で物議をかもした。とはいえ、オタクの議論程度で決定が覆るわけもなく、スマイレージは武道館にモーニング娘。の前座として立つこととなった。

「ええか!?」を披露したスマイレージのなかでも、ひと際目立っていたが和田だった。当時のスマイレージ竹内朱莉田村芽実とパフォーマンスを売りにするメンバーが勢揃いしていたが、高いヒールを履いた長い手足と長い綺麗な黒髪をつかった和田のダンスは目を惹いた。「ええか!?」という横に動くコミカルなダンスをした曲だったから余計、目立ったのかもしれない。
理由はわからないけれども、単なる「不思議ちゃん」だった和田のイメージが変わり、「スマイレージも行ってみたいな」と一人のモーニング娘。ファンに思わせるには十分な魅力だった。彼女たちが武道館に後輩の前座として立った意味は十分あったのだと思う。

美術アイドルへ

2014年、スマイレージは全国をまわる怒涛のライブハウスツアーが始まった。そして、つんく♂さんから「ご褒美」ということで、とつぜん武道館公演を与えられた。後に715武道館と言われ、結果的にスマイレージとして最初で最後の武道館公演は満員の盛況で終わった。

2015年、スマイレージは新メンバー3人を加えアンジュルムと名前を改め、新曲「大器晩成」を武器に再デビューを果たした。幸い「大器晩成」は大きな話題を呼び、3年ぶりのホールツアー、5月11月と2回の武道館公演を成功させるなど、アンジュルムは上々のスタートをきった。

スマイレージからアンジュルムに変わる過程で、色んな思いがなかったかというと嘘になる。スマイレージティーンエージャーの心情を歌うかわいい楽曲が多かったのに対し、低音楽器が鳴り響く力強い楽曲のアンジュルム楽曲に戸惑いはあった。だけれども、力のある彼女たちが多くの人たちに正当に評価され、スマイレージ時代には立てなかったステージに次々と立っていく喜びに比べたら、些末な問題だった。

スマイレージ/アンジュルムが激変を迎えている頃、和田本人も大きく変わろうとしていた。何より大きいのは、美学美術史専攻のある大学に進学したことだろう。ハロプロメンバーの大学進学はBerryz工房嗣永桃子が大学の教職課程に進学したことで風穴をあけたが、美学美術史というそれだけで大学が特定されてしまうようなマニアックな専攻には驚嘆させられた。

PHP新書から「乙女の絵画案内」という絵画の入門書を出したり、各美術館に展覧会にコメントを出したりするようになったのもこの時期だ。また、このころから「仏像」や「浮世絵」といった東洋美術に言及することも増え、特に「仏像が好きなアイドル」ということで仕事が舞い込んでくることも増えていった。

10代の公言する「趣味」「好きなこと」なんて、正直言ってころころ変わるものだ。もちろん、10代のうちに色んな関心を持つことは悪いことではないし、大人になったときにまったく触れなくなっていても、それはそれでいい経験になるわけだしまったく問題はない。だけれども、和田の場合は「エドゥアール・マネについて1時間語れる」と夢見る15歳の頃に出まかせ半分に書いたであろう特技は、少しずつ正夢になろうと動き出していた。

主張する強いアイドルへ一歩を踏み出す

アンジュルムが「大器晩成」で好スタートをきった2015年1月、和田彩花はある発言で世間を少し騒がした。

事件の概要はこうだ。
お正月から1月上旬まで俗にハロコンと言われるハロプロ全体のコンサートを中野サンプラザで連日開催することが毎年慣例になっている。ちょうど、新成人だった和田は、ハロコンのせいで成人式を欠席せざるを得なくなり、何の特別な配慮をしてくれなかったことにブログで抗議したのだ。

文中に「笑」や絵文字を入れて印象を和らげてはいるものの、普段は天然で大人しいイメージの彼女が運営サイドを批判するかのような言葉を発することは異例だ。この「アイドルの主張」にネット上のファンからは以下のような同情の声が寄せられた。アンジュルム・和田彩花、成人式に出れずに「生涯、根に持ち続けます」と恨み節...ファンの間では「アイドルはどこまで人生を犠牲にすべきか?」と論争 (2015年1月13日) - エキサイトニュース

上記のメンズサイゾー(からエキサイトに転載された)記事は、当時の和田の世間的なイメージとこの出来事の反応をよく伝えている。

今の和田を「天然で大人しいイメージ」と形容する人は誰もいないだろう。ところが、当時の和田はそういうイメージで見られる事が多かった。
それまでもマネージャさんに叱責され「唐揚げを投げた」とかパンクなエピソードは少しあったものの、比較的「ふわふわしてるちょっと変な子」のイメージの和田から激しく事務所を批判する言葉が出てきたのは、確かに意外だったのを覚えている。

おそらくなのだけど、これは和田の内面が変化したということを意味しないのだと思う。
それまで「ちょっと変な子」と周りに思われていた和田の独特の内面が、言葉という実態をもって外を向き始めたのがこの辺りだったのではいかと思う。逆に言えば、和田の内面の強さに世間が気付きはじめた、とも言えるかもしれない。

話はやや変わるが、ハロプロメンバーをよくインタビューしているアイドルライターの南波一海が和田彩花を称してこういった趣旨のことを述べていた。

他のメンバーは、インタビューといっても会話だから、会話を適当に合わせたりすることもある。それは仕方ない。でも、デビュー当初から和田さんはそういう妥協が一切ない。気になったことがあると、聞き返してくる。なので、とても和田さんにインタビューするのはいい意味で緊張する。

ソースが見つからなかったため細かい表現はわからないが、たしかこのような趣旨のことを述べていた。和田が納得しないことに対して妥協しない強さをもっているのは、昔からだったのだと思う。それが10代のうちは「空気の読めない変な子」と周りに映っていたが、ファンにも少しずつその「強さ」が見え始めたのがこの成人式事件だったのかもしれない。

個性豊かなメンバーが花開く

2015年11月、和田彩花と同期メンバーでは唯一グループに残っていた福田花音アンジュルムを卒業した。それまでのスマイレージ/アンジュルムは名目上は和田がずっとリーダーではあったが、軽妙なトークを得意とする福田花音トークを回すことも多く、どうしても二人で共同リーダーを務めているような印象が強いグループではあった。

和田を除くと、スマイレージ結成当初からのメンバーがいなくなり、和田にとっても後輩ばかりになってしまうことを心配する声もあった。
結果から言えば、その心配は杞憂に終わった。

2016年5月、上國料萌衣というアンジュルムになってからの初めての新メンバーを加えたアンジュルムは、ミュージカル女優を目指す田村芽実を最高の武道館公演で送り出すことに成功した。
強い電子音と聞かせるBメロが特徴的な新曲「次々続々」、楽しさとかわいさを併せ持った初披露曲「カクゴして」、スマイレージ時代に演じたメタもののミュージカル楽曲「スマイルファンジー」、そして明るくメンバーを送り出す卒業ソング「友よ」と、アンジュルムになって一気に楽曲の幅が広がり、バラードが多めでしんみりとしがちな卒コンを明るく盛り上げた。

竹内朱莉田村芽実室田瑞希といったメンバーがパフォーマンスを引っ張っていたが、各メンバーがそれにしっかりついていき全体のレベルが上がっていった。この頃から和田は「今のアンジュルムに自信しかありません」と語ることが多くなっていたし、実際その言葉を証明するパフォーマンスだった。

また、その頃から、「個性」が強いアンジュルムと称されることが多くなっていった。もともと、各メンバーが強烈な「個」をもっていたグループではあったが、和田彩花はグループのためにそれらの個性を摘むことはしなかった。当然だろう。何故なら、彼女自身が自分の個性を大事にして、そしてそれを伸ばしていったのだから。

後輩の勝田里奈は後にブログで「私はアンジュじゃなきゃここまで続けることは100%無理でした」と述べている。
まさに勝田里奈こそが、その豊かな個性の象徴だろう。
2011年にスマイレージに加入した勝田のダンスは、ファンの間で徐々に「省エネダンス」と称されるようになった。省エネとはモノはいいようで、要するにダンスをサボっているという揶揄である。
これが他のグループであれば、何らかの指導が入るだろう。何せ近年のアイドルは「全力」が求められることが多い。
しかし、勝田本人がたびたびネタにするように、そのパフォーマンスを一つの個性としてアンジュルムは受け入れていった。

その後、ファッションに興味を示していた勝田は、アンジュルムの服装のプロデュースなどを手掛けるようになり、アンジュルムにアイドルらしからぬ個性的なファッションを着せることが増えていった。また、進路としては服飾の専門学校への道へ進んだ。自分の興味をダイレクトに進路に繋げるという点で和田と重なってみえる。

勝田の和田とどこか似た頑固さを考えれば、アンジュルムでなきゃここまで続けることは出来なかった、というのは勝田の素直な気持ちだろう。

その他にも、竹内朱莉は特技の書道の専攻のある大学を進学先に選んだし(また専攻だけで大学が特定されそう)、佐々木莉佳子はファッションモデルへの道を選ぶなど、アンジュルムの後輩メンバーは続々と個性を伸ばしていった。

17歳でアンジュルムを去ることとなった田村芽実だって、ミュージカル女優になりたいという夢を持ち続けられたのも、こういったアンジュルムの環境があったからだろう(実際に田村芽実は卒業後、いくつものミュージカルに出演している)。

2016年のツアータイトルは「九位一体」だったが、2017年のツアータイトルが「十人十色」になったのも頷ける。新メンバーが入り、人数が変わった以上に、各個人の個性が爆発するグループになりまさに「十人十色」とよぶのが相応しいグループに成長した。
気づいたときには、高いパフォーマンス力を持ちながら、お互いの個性を認めつつ、みんなが仲がいい。そんな理想的なグループにアンジュルムはなっていた。

現代アートフェミニズム、卒業発表

2017年春、和田は大学院進学を公表した。忙しいハロプロの正規メンバーで大学院に進学したメンバーは初めてだ。

人文系で院に進学するとどうしても就職等の不安がよぎる。ましてや、美術史だ。
和田の公言している専攻から考えても、上に行けば行くほど英語のみならずラテン語やフランス語の修得が要求されるだろう。

生半可でいける道ではない。人文系の学部しか卒業していない自分みたいな人間からすると、嫉妬と憧憬を覚える存在になっていった。

同時に、和田彩花は相変わらずハイペースで美術の展覧会の感想をブログに綴っていた。
その一方で、少しずつではあるが、19世紀の西洋絵画や日本の近世芸術が主流だった和田彩花の関心が現代アートにまで広がってきていた。

現代アートは一般的にマルセル・デュシャンの「泉」と名づけられた一個の便器から始まった、と説明されることが多い。
今まで既存の価値観(「アートの範囲」、「美術館に展示されることの意味」)を問い直すこの便器は大きな影響を与えたとされる。

その後の現代アートもそうした既存の価値観を問い直す効果を狙った作品が多く作られていった。そして、現代アートで度々問い直される既存の価値観の一つに「ジェンダー」がある。

もともと和田は大学1年生のころに書いた「乙女の絵画案内」の頃から、女性という視点にこだわった美術エッセイを度々書いていた。もちろん、専門的な美術論を書かせたら、大学教授とかに比べたら勝負にならないので、和田なりの特徴を生かそうとして女性という視点に注目したのだと思う。
また、大学院は研究者の卵であり、人文系の大学院にいる限り、「フェミニズム」や「ジェンダー論」といった重要な要素を学ばないわけがない。

別に和田が大学院や現代アートに触れたことで、フェミニズムに感化されたとか言いたいわけではない(もちろん影響をまったく受けないわけではないだろうが)。傍からみていると、和田には和田の考えが昔からあって、フェミニズム等に触れることによってそれを言語化して発信する武器を得たように見えた。

それに伴ってか、和田の近年の発言では既存の「女性アイドル」という形式に対する懐疑を述べることが増えていった。
また、内輪のイベントなどでもアイドルにありがちな「セクシー罰ゲーム」みたいなものに疑義を述べることも増えていった。
言わば、空気の読めないマジレスにも見えてしまうものだが、その場の司会の芸人はその度に臨機応変に対応したのを今までも何度もみてきた(上々軍団は素晴らしい)。和田の空気を読まない頑固さが和田の武器として、強さとして新しいアイドル像として花開き始めていた。

アンジュルムの未来を語ったブログには和田はこう書いている

女の子だからできないことがあるわけではないと近くで見守ってくれる人はいるだろうか、
頭にぼやっとあるもの | 和田彩花オフィシャルブログ「あや著」Powered by Ameba

あるいは女性アイドルを語ったインタビューでは和田はこうも述べている。

「アイドルの多くは受け身の存在ですよね。期待に応えていく様子が媚びているようにしか見えなかったり、キャラを演じることで内面を見せない人もいたり。でも私は、『あなた自身はどう思っているの?』って考えちゃうんです」
変わり続ける勇気:和田彩花インタビュー

どうしても、多くの場合、男性プロデューサーがプロデュースし、若くて美貌のいい女性がステージに立ち、男性ファンをメインの客層とする女性アイドルという興行形態は、フェミニズムと相性があまりよくない。おそらく、フェミニズムジェンダー論を学ぶ過程で、色々と和田にも思うことがあったのだと思う。

その一方で、前述の通り、和田は自分も後輩メンバーもアンジュルムでは自分を出せる空間を作っていった。そう考えると、卒業発表後も、アンジュルムというグループへの執着はたびたび語っていたのも当然であろう。
2018年4月の卒業発表のブログでも逡巡する心うちを覗かせながら、以下のように述べている。

30代になったとき1人でステージで歌って踊っていることが次の目標です。
様々な表現をやっていきたいです。そうなれるよう、20代を過ごそうと考えました。
そして、できればアイドルで居たいのです。
皆さまへ | 和田彩花オフィシャルブログ「あや著」Powered by Ameba

ハロプロのファンの間では、ハロプロ25歳定年説が囁かれていた。女性アイドルは若いうちしか出来ないもので、その後の人生を考えて25歳ぐらいで事務所から肩を叩かれる、という俗説だ。後に、和田はJuice=Juice宮崎由加の卒業が発表されたときに烈火のごとく、その噂に怒りを表明した。

女性が「若さ」を売りにステージに立つのではなく、30代になったときに表現者として、アイドルとしてステージに立っていたいから、ここでグループを卒業する。
和田は「私はアイドルの解釈の幅を広げるために、またステージに戻ってくることが次の夢」と卒コンの挨拶でも述べた。
もちろん、和田が30になったときに、どういった形でステージに立つのかはまったく見えない。
もしかしたら、何らかのインスタレーションとかコンテンポラリーダンスとかそんな形なのかもしれない。だけれども、どんな形であれアイドルの枠を広げてくれる見たことのないアイドルとして戻ってきてくれるのだろうと信じている。

和田が表現者として戻ってきた時、世の中が今よりも進んで、その和田が魅せる世界が広く理解・受容される世界になっていることを願ってやまない。

最強アンジュルム

2018年秋、アンジュルムパシフィコ横浜国立大ホールの昼夜2公演を成功させた。
パシフィコ横浜国立大ホールは5000人収容の大型のホールだが、約1万人収容できる武道館より実は集客が難しいと言われる。
理由は簡単で、武道館ほどのプレミア感がないため、ライトファンを集めづらいわりに広いのだ。
そのパシフィコ横浜国立大ホールを昼夜2公演を完売したという事実は、熱心なファンがそれだけいるということを証明している。

その熱心なファンのうち誇張でもなんでもなく半分は女性ファンだ。
もともと、スマイレージ時代から女性人気は低くはなかったが、アンジュルムになってからの女性ファンの増加は目を見張るものがあった。
女性アイドルの客層はどうしても、男性ファンがメインというイメージはあるが、先日行われた和田彩花卒業コンサートは体感では客の5割は女性だったと思う。自分の席のまわりに限って言えば、前後左右女性だった。実際、武道館では男子トイレのうちいくつかを女性トイレに転用していた。

そうした女性ファンの代表が先日結婚報道で話題になった蒼井優だろう。
蒼井優はバラエティー番組に出た際、アンジュルムどういうところが好きかと問われ「最強なところ」と答えた

この回答はファンの間でウケにウケた。当然であろう。和田彩花のもと各人の個性が爆発し、力強いパフォーマンスを見せていたアンジュルムが最強なことは、ファンの間では自明であったのだから。

アイドルグループが次々と作られていった2010年代、差異化を狙い「戦闘服」や「メタル」といった今まで女性アイドルのイメージとかけ離れたコンセプトを持ったアイドルグループが誕生していった。
スマイレージだって「日本一スカートの短いアイドルグループ」というキャッチコピーを武器にかわいい衣装のミニスカで踊る正統派アイドルグループとしてデビューしたコンセプチュアルなグループだ。

ここで重要なのは、アンジュルムのこの強さは外部からコンセプトという形で与えられたものではないことだ。アンジュルムの強さは外発的なものではなく、メンバー自身による内発的なものに由来するものなのだ。
天使の涙」という意味を持つアンジュルムに改名したときも、グループ名の意味の通り「強い」なんて言われるコンセプトがあったわけではない。
アンジュルムとしてのデビューシングルである「大器晩成/乙女の逆襲」は両A面シングルである。確かに「大器晩成」はアップテンポでロック調の力強い楽曲だが、「乙女の逆襲」はゴシック調のユニークな楽曲だ。別に強いグループを演出しようという意図があったわけではないだろう。
だけれども、その時のアンジュルムのメンバーには「大器晩成」という力強い楽曲がピタリとはまったのだ。

その後も、こびへつらうことない姿勢や各人が個性豊かにライブで魅せる圧倒的なパフォーマンスを称して、いつ頃からか「強い」「最強」と言われるようになったのだ。コンセプトとして登場した概念ではないから、いつ頃とちゃんと名指しすることは出来ない。それぐらい自然に「強さ」が生まれていったのだ。
まさにメンバー個々人の持っているパワーをそのままアウトプットすることによって、「強い」グループが生まれる。そして、もちろんその中心には和田がいた。

そのパワーをアウトプットすることで強さにつなげることを体現した後輩の一人が2019年現在高1の笠原桃奈だろう。

普段からトークでもパフォーマンスでも若さを生かしたエネルギッシュさを前面に出している笠原は和田卒業後のブログでこう述べている。

もう和田さんにいちいち言葉をかけてもらうことはできないから、これからは自信を持って、なにかに怯えて何もできなくなることはしません
好きな色のリップを塗って生きていきます!笑
和田彩花さん 笠原桃奈 | アンジュルム メンバー オフィシャルブログ Powered by Ameba

「好きな色のリップ」という選択は大人から見れば小さいものでも、今の笠原には大きな一歩なのだろう。
普段から暴れまくっている笠原がさらに自信をもって自分をアピールし始めたら、どうなるか想像もつかない。だけれども、それすらも肯定するのが和田でありアンジュルムだったのだ。
自分の好きなものを使って前に進みだした笠原の今後に期待したい。

アイドルの限界のその先へ

蒼井優と菊池亜希子が共同編集を務めたアーティストブックアンジュルムック」は「少女を消費しない」をテーマにし、話題になった。蒼井と菊池によるテーマも、本人たちの思いはもちろんだが、今の和田とアンジュルムを見ているからこそ出てきたのだと思う。

そして、2019年6月18日、和田彩花はメンバーとファンに惜しまれながら、涙と笑いを残してアンジュルムを去っていった。そして、卒業コンサートの和田に対して「女性として、強くてカッコいい」「自立した大人の女性」と多くの人が称賛をよせた。
和田彩花は卒業のあいさつで下記のように語った。

明日からグループではなく、和田彩花として生きますね。

だから明日からは自分が何を守って、何を愛して、どんな夢を持ってそれをどう叶えていくのかっていうことを、今一度考え直して自分の中で向き合っていきたいなと思ってます。

こういった活動があったからこそ本当にいろんなことに気づけたし、向き合う中で、アイドル、そして女性のあり方についても今一度見つめ直していきたいなと思います。

これまでの和田を見てきた人たちにとって、和田がこう語るのは必然のように思えただろう。
和田彩花がグループを去ることの寂しさはあるものの、これからの和田が魅せるものへの期待が膨らむ公演であった。

スポーツ紙によると、先日の武道館公演終わりで記者のインタビューに答えた際、「明日からは一時ステージを離れて、大学院の2年ですから、修論(修士論文)を書くのに専念します」と答えたそうだ。

武道館公演の終わりに「修論書かなきゃ」なんて答えた出演者、今までいただろうか。これを「格好いい」と言わずして何と言おう。

2019年1月に放送された「Girls Live」という番組で、占い師に占ってもらったところ、「和田さんは自我の塊」と称されて、和田は「はい、そうです。それが知られてることが恥ずかしい」と苦笑いをしていた。それに対して、カントリー・ガールズ山木梨沙が「和田さんは生まれた頃から和田さんなんですね」とツッコミをいれていた。
和田彩花は生まれたときから和田彩花
その和田彩花がその存在と内面を世間に伝えるために、言葉と美術と表現力という武器を持つ過程を我々は見てきたともいえるのかもしれない。
まさに「エドゥアール・マネについて1時間語れる」という特技は、のちに「強くて自立した大人の女性アイドル」像へと結実したのだ。

このブログの最初の記事で、朝井リョウの「武道館」というアイドル小説について、「恋愛禁止ルールだけがアイドルを縛り付けているのではないと思う。その向う側がみたい」と書いた。和田がリリースイベントのMCで「結婚だけが女性の幸せではないので、撮影でウェディングドレス着るのが嫌だった」と述べて、少し話題になった。
「恋愛できないからアイドルは縛られている」という安易なアイドル否定論へのカウンターとして、「恋愛解禁」などと語られるが、アイドルを縛り付けているものの本質はそんなところにはないだろう。恋愛や結婚に興味がない女性も当然いるように、興味がないアイドルも当然いるだろう(もちろんこれはアイドルがそれらに興味を持ってはいけない、ということを意味しない)。

その向こう側を見せてくれるのは、もしかしたら和田彩花なのかもしれない。