アイドルと強さは両立しえないのか────笠原桃奈の卒業によせて

笠原桃奈を始めてみたハロプロのオタクたちは誰もがその見た目と年齢のギャップに驚いただろう。ハロプロ研修生の公演の際に撮影された一枚の写真で広く知られる当時12歳の笠原桃奈はとても大人びて見えたし、本人もどこかそれを演出しようとしたのかもしれない。*1


"あの"アンジュルムに12歳で入ってきた大人びた少女

2016年の夏、12歳の若さでアンジュルムに加入した彼女に対して、メンバーもオタクも今一つ距離を測りかねているところがあった。当時すでに動物園と本人たちが自称するほど騒がしいメンバーが多かったアンジュルムに、12歳の若さで一人加入で入ってきた大人びた少女。
初対面から騒々しいメンバーに迎えられ、アンジュルムの新メンバー加入の儀式(?)として、「かっさー」というニックネームをつけられた笠原は大人しいコメントをしていた。デビューシングルの新曲リリースイベントのニコ生内で笠原が一人で笑顔で映った写真を見た竹内朱莉が「こんなに笑顔のかっさーを見たこともない」と突っ込んだこともあった。
加入当初の笠原は終始こういった調子で、こんな大人しい子が一人でアンジュルムに入ってきて大丈夫なのか、誰もが心配したことだろう。*2

そんなオタクの心配をよそに、前年にアンジュルムに改名したグループは上り調子で、2016年秋ツアーが始まった。ツアー初日にツアーの企画として一人MCをこなした笠原は、徐々にグループに溶け込み、ツアー中盤のライブハウスには楽しくて仕方がないと言わんばりのとびきりの笑顔をみせるようになっていた*3。そこには加入当初にはにかむような笑顔を見せていた笠原はすでにおらず、明るくて騒がしいアンジュルムメンバーの一員として溶け込んでいた。
彼女たちに必要なものは時間だけで、オタクの心配は杞憂だったのだ。*4

アンジュルムの大型犬」へ

もともと最年少メンバーにも関わらず体格には一段と恵まれていた笠原は、ステージ上で魅せるパフォーマンスはダイナミックで力強かった。歌についてはもともとスキルがそれほど抜きんでていたわけではないけれども、自信を持ってマイクに歌を乗せてくる笠原の歌はパワフルだったしオタクの印象に残ることも多かったはずだ。

若さと力を有り余して仕方がないかのごとく笠原はステージ上で感情をそのまま身体で表現し舞台を明るくしたし、その後続々入ってきた新メンバー発表のたびに、大きいリアクションで多くの人を笑顔にした。

その人懐こさとも合わせて、ステージ上で大暴れする姿を見て、いつしかつけられた呼び名は「アンジュルムの大型犬」。メンバーも何回か言及していたので公認と言ってもよいと思うが、まさに笠原を体現する呼び名だったと思う。*5

最初の頃は笑顔が堅かった12歳のメンバーはいつの間にか感情をそのまま表現し、自分を出すことで明るい空気を作るアンジュルムの重要なメンバーとなっていった。

自分の好きな色のリップを塗るということ

2018年頃、アンジュルムファンの蒼井優がいいところを問われた際に、「最強のところ」と答えたように、アンジュルムの「強さ」がハロプロ内外でも注目されていた時期だった。

その強さは当時のリーダーであった和田彩花が先頭に立って発信していたわけだが、その印象的なエピソードが笠原のリップ事件だろう。

発端は笠原本人がファンから「メイク、リップが濃い」と言われたことを受けて、ブログで「これからは年相応(にみえるメイクを)目指します」(括弧内は引用者注)と発言したことだ。

アイドルのファンたちが15歳のアイドルに濃いリップを求めているとは確かに思えないし、一般的なアイドルのマネージャーだったら指導をするところだろう。ところが、この頃のアンジュルムひいてはアイドルを巡る環境は変わり始めていた。
まだ直接的な言及は避けていたがフェミニズムなどの影響を受けてリーダーの和田は「女性が自己決定する強くて自由なアイドル」像を目指して模索した発言を始めていたし、かつてモー娘。黄金期を謳歌したこの古いアイドル事務所も少しずつ開かれた方向に向かい始めていた時期だった。

実際、メンバーの佐々木莉佳子は「かっさーの好きなメイクをすればいいよ」とすぐメッセージを送っているし、リーダーの和田はその後のライブのMCで「まわりの眼の気にせず桃奈も自分の好きなリップを塗ればいい」と発言している。そして、何より笠原本人が言う通り、「そのままでいいよ」「気にしないでいいよ」とファンがついてきたことであろう。業界の中では良くも悪くも王道で保守派のハロプロですら、アイドルを巡る環境が少しずつ変わり始めていることを示唆するエピソードだった。

その後、笠原も好きな色のリップを塗ります、と宣言し、リーダーの和田彩花が卒業した際には下記の通り述べている。

もう和田さんにいちいち言葉をかけてもらうことはできないから、これからは自信を持って、なにかに怯えて何もできなくなることはしません
好きな色のリップを塗って生きていきます!笑
和田彩花さん 笠原桃奈 | アンジュルム メンバー オフィシャルブログ Powered by Ameba

強いアンジュルムを大人の和田が発言や姿勢で体現したとするならば、ティーンエージャーど真ん中の笠原は生き方として強いアンジュルムを体現するアイドルになっていた。

ミュージシャンの大森靖子がテレビ番組でアンジュルムに入るとセクシーさを削られて、戦闘力をグッとあげられると話していた。文脈的にも笠原のことを指していたと思しき発言だが、12歳のときに歳に似合ぬセクシーさで評判を読んだ彼女は、今やパワフルさで自己を表現するアイドルになっていた。
女性の表現者が強さを表現する際に性的なものを自らコントロールすることによって強さを表現することはよくあるが、アンジュルムほどセクシャルさに頼らず純粋な強さを表現できる女性アイドルグループは少ないだろう。

感情をありのままにパワフルにステージ上で表現する笠原は「媚びずに自分をそのまま表現する」というアンジュルムの方向性に合致していた。まさにアンジュルムがあってこその笠原桃奈だったし、笠原桃奈あってのアンジュルムだった。

強いアイドルとグループアイドルというアンビバレンツを超えて

ステージでは感情を爆発させるパフォーマンスやリアクションを見せる一方で、笠原は音楽やダンスへの強い拘りも少しずつ見せる用になってきた。蒼井優と菊池亜希子が責任編集を務めたムック本「アンジュルムック」の各メンバーのページでは笠原は洋楽やK-POPと言ったさまざまなジャンルの音楽を紹介しているし、他にもカメラや映画など幅広い関心を持つようになってきていた。

ハロプロ内外から強さを支持されていたアンジュルムはリーダーの和田彩花が卒業した後、あっという間に変わっていってしまう。
和田自身はグループの方向性は残るメンバーたちが決めていくこととして強い要望はしていなかった。
そして、和田から「自分で自分の道を選択すること」を教えてもらい、アンジュルムで強さを得ていったメンバーたちは相次いでグループを卒業していった。
勝田里奈中西香菜室田瑞希船木結……そして2021年6月21日、そこに18歳の若さで笠原桃奈が続くことが発表された。
卒業の理由として笠原は「卒業後は夢を実現させるために海外に身を置き、改めて歌やダンスを学びます。そこで視野を広げ、ステージ上での在り方を学びたいと思います」と述べている。

未熟な子がグループアイドルで切磋琢磨しつつソロでもやっていける力をつけていってグループアイドルを卒業していく、というのはモーニング娘。AKB48、乃木坂まで続くグループアイドルの一つの理想形でもある。
ましてや、和田から自由に自分で決めてよいという思想とグループが内在的につけていった強さを持つメンバーが、新たな夢に向かって飛び立っていくのは当然でもある。先に述べた通り、笠原は音楽やダンスに非常に関心を向けていたからそれを勉強したいと思うのも当然だろうし、とても彼女らしい選択だと思う。

だけれども、和田がいうとおり、笠原がリーダーとなって率いるアンジュルムも見たかったという気持ちも強くある。何故なら、先に述べた通り笠原こそが和田やアンジュルムの強さを体現し引き継いでいける存在であったからだ。笠原の選択を応援したい気持ちもあるけれども、笠原が率いるアンジュルムという叶わなかった未来を夢見てボンヤリしてしまうこともある。
強くて個性溢れるアンジュルムを切り取った「アンジュルムック」をかつて責任編集した蒼井優と菊池亜希子が、笠原桃奈の卒業に合わせて笠原の写真集を企画編集をした話も笠原自身がアンジュルムの象徴であったことを考えれば必然とも言えるだろう。

もしかしたら、強くて自立した女性たちによる格好いいグループアイドル、というアンビバレンツな存在は刹那的にしか存在しないのかもしれない。
だけれども、アンジュルムの卒業ソングの定番楽曲「友よ」にある「友よ 約束しよう 迷ったらここに集合」という歌詞の通り、メンバーの卒業コンサートに大集合して昔みたいに大騒ぎをするアンジュルムOGたちを観ていると、卒業してもみんなアンジュルムなのだ、との思いを強くするのだ。

アンジュルムのメンバーたちが卒業しても「アンジュルム」的な存在であることが先の二律背反を乗り越える一つ回答なのかもしれない。

再び彼女が表舞台に戻ってきて、アンジュルムらしい強さを個人で披露し、そしてまた集合する日が来るのを期待してやまない。

そして明日の卒コンが桃奈にとって、そしてアンジュルムのみんなに良いものになることを願っている。

*1:実力診断テストとして実施された本公演は、自身で衣装等を用意することで知られている。本公演で笠原は清野桃々姫(後にBEYOOOOONDS/雨ノ森 川海)とともにベストパフォーマンス賞を受賞している。

*2:後にラジオで笠原はハロプロ研修生時代の上下関係を体感していたため、最初はアンジュルムメンバーとの距離感が分からなかったと述べている。

*3:ただのオタク語りだが、水戸のライブハウスで比較的前列を確保した私はそこで彼女の眩しい笑顔にやられた記憶が鮮明にある

*4:卒業前に公開された笠原を振り返る企画動画ではこの年の年末にアンジュルムみんなで遊園地に行ったことが溶け込むきっかけになったと述べていた

*5:本人は大型犬の扱いをされることは恥ずかしかったこともあったブログで述べている "野生の呼び声" 笠原桃奈 | アンジュルム メンバー オフィシャルブログ Powered by Ameba